小森スキー製作所 小森英男社長

高級国産スキー板メーカー 小森スキー製作所(広報誌9月号特集より)

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「小中学生まちづくり委員会による見学会」

 8月10日に「小中学生まちづくり委員会」が「本当に伝えたいニセコのこと!~自分しか知らないニセコの魅力をみんなに伝えよう」をテーマに、中央倉庫群2号倉庫にある株式会社小森スキー製作所を訪れました。スキー板の製材工程、貼付け、プレス工程を見て、「すごい、こういうふうになってるんだぁ、かっこいい、練習したら私にもできますか?」、さらには設計図を見て、生徒は興味津々、「黒とピンクのスキーにもできますか?どんなサイズでも対応できるんですか?注文はどれくらいですか?いくらですか?」息をつく暇もないほど質問が次から次へと飛び出してきました。スキー板の製造現場をそれも地元で見られるというのは、貴重な体験であるといえます。
 さて、小森スキー製作所とはどんな会社なのでしょうか?普段は石蔵に包まれており、中で何が行われているか気になる方も多いのではないでしょうか?当社は、2018年1月にニセコ町へ引っ越してきました。実のところ、工場を持つ国産高級スキーメーカーについて、「小賀坂スキー製作所(長野県)」とわが町の「小森スキー製作所」の二つしか国内にない、ということをご存知でしょうか?
 

「倒産から独立へ」

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 蒸し暑さの中、石蔵倉庫の扉を開けると、ひんやりとして涼しい。「でも冬はちょっとね」と苦笑い。スキー板加工に必要な道具が規則正しく並んでおり、製材機械の乾いた激しい音が心臓にまで響き渡るよう。
 当社の社長は、小森英男さん。生まれは富良野市。高校からスキー競技を始め、国士館大学のスキー部へ。プロになってからは、ジャパンプロスキーサーキットのデュアルレースでベスト4となるなど活躍。現役を退いた後、昭和60年、日本の老舗スキーメーカーとして確固たる地位を築いていた「カザマスキー」へ入社。
 自社のスキーを小中学生の選手に履かせて広告やスキー性能の向上を図り、選手の育成・指導、大会のサポートにも当たっていました。そして1997年に同社破綻後、機材を買取り、「有限会社ケイスキーガレージ」を仲間3人で設立。
 カザマスキーでは技術畑ではありませんでしたが、選手の育成などで接するうちに「勝たせるためにはどのようなスキーが求められるのか」ということがわかるようになっていきました。また、カザマスキー時代にスロヴェニアチームとW杯に参戦し、世界のスキー技術の潮流がどこに向かっているのか、しだいにスキーの製造技術もわかるようになっていたといいます。

製材加工現場

 当時のスキーマーケットは、どれだけ作っても、作った分だけ売れる時代でした。KEI-SKIが生まれたのはこの頃。会社のコンセプトは明確でした。スキーヤーがメーカーに合わせるのではなく、エッジやスキーの硬さなどスキーヤーに合ったものを提供する「パーソナルフィットの受注生産」、そして「店頭に並べるものは作らない」ということ。技術的にはすでに結果が出ていたので、自信がありました。W杯などで欧米の商品と比較しても、遜色はなかったので、「自分達は間違ってはいない、W杯で培った技術を一般の方にも使って欲しい」と確信していました。

「NISEKO」でスキーをつくる

 その後、2005年に北海道に拠点を移し、「有限会社KEISKI」(現株式会社ハンクス)を設立。転機が訪れたのは、ニセコルールを創設したあの新谷暁生さんに「ニセコでスキーを作ったらどうか」と強く勧められたことがきっかけ。2015年に現在の「小森スキー製作所」として独立し、2018年1月にニセコ町へ会社と工場機械を移転し、現在に至ります。「ニセコにはこれだけのスキー場があり、そして世界中のスキーヤーが集まってくる環境がある。ここでスキー板を製造することは、マーケティングやフットワークといった観点からも非常に動きやすい。また、試乗をやりたいと思っています。」試乗とは、スキー場や工場で、無料でスキーを貸出し、とにかく小森スキーを知ってもらうということです。

当社が入るニセコ中央倉庫群

「KOMORI」独自ブランドをどう育てるのか?

 現在の生産体制は、従業員5名、注文ベースで年間800台程度、チューンアップが年間100台程度、店頭価格帯は10万円から16万円程度と高価格。アルペン、競技、基礎、テクニカル、オールマウンテン、ファットスキーなどを手がけ、モーグル、ジャンプ、クロスカントリー以外は何でも受注しています。石井スポーツの純ブランドである「MOCU」、オールマウンテンスキー国産大手である「VECTOR GLIDE」そして「KEI-SKI」があり、現状は、受注のほとんどをOEM(original equipment manufacturerは、他社ブランドの製品を製造すること)に頼っています。この中で、小森スキー製作所としての独自ブランド「KOMORI」をいかに築いていくかが、最大のポイントだといえます。OEMは発注会社が売れている限り、安定した受注が見込まれるものの、発注側の都合で受注が大きく減少するリスクもあります。故に、独自ブランドを確立していくことは小森スキー製作所にとっては、今後の重要課題といえるでしょう。
 一方で、「純ブランド」を築いていくことは非常に難しい道程です。「作るのは、スキーヤーの要望に合わせるだけなので、簡単なのです。ただ、スキーヤーが何を求め、今後どのようなスキーを製作すれば良いか、この方向性が難しいのです。」「ただ、どのようなスキーが好まれるのか、スキーヤー自身も実のところわかっていないことが多く、つまり、今後こういうスキーがいいのではないか、とある程度の方向性をメーカー側が提案しないといけない。」これはものづくりの原点であり、需要が供給を生み出すのか、供給が需要を生み出すかの非常に難しい選択になりえるでしょう。
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「縮小する国内スキー市場」はチャンス?

 繰り返しますが、国内に工場を持つ国産高級スキーメーカーは、「小賀坂スキー製作所(長野県)」と「小森スキー製作所(ニセコ町)」の二つしかありません。
 国内スノースポーツ人口は1998年に1,800万人をピークに、現在ではスキーとスノーボードを合わせても530万人程度まで落ち込んでいます。(レジャー白書より)ピークでは輸入スキー板が日本全体で150万台程度、現在では30万台を切っており、減少した分が国内スキー板製造業に代替されているものでもありません。国内スキー製造業は、バブルの崩壊とともに、1990年代にハガスキー、カザマスキーが倒産、その後ヤマハや西沢がそれぞれスキー事業から撤退しています。また、客層も高年齢化し、若者のスキー離れも止まらなくなって久しい状況です。
 ただ、小森社長は明るい。「マーケットが縮小すればするほど、うちはチャンスだ」。といいます。
どういうことでしょうか?「輸入品というのはやはりメンテナンスやフォローが行き届かない。一方で、スキーヤーのニーズがより自分のスタイルにあったもの、というように消費者心理が年々変化しているし、多様化しているのです。」
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「ふるさと納税であなただけのスキー板を!」

 ニセコ町では、平成16年から「ふるさとづくり寄付事業」を始めており、30年度からこの事業を拡大し、ニセコ町らしい返礼品を用いた寄付事業スタートします。返礼品というと、山のものや海のものが多く、イメージされやすいと思いますが、ニセコ町へ寄付しないと手に入らない特別仕様のスキー板、というのはいかがでしょうか?
 「ふるさと納税制度も役場と協力してぜひ手がけたいと思っています。寄付しないと手に入らない、ニセコ町でしか手に入らないオンリーワンのスキーであれば非常に価値があるのではと考えています。」と小森社長。
 役場では他にも、ラフティングなど体験観光と組み合わせた「来て見て楽しんでもらえる返礼品」などを考えており、単純な「もの」による返礼ではなく、「何がニセコ町らしいお礼なのか」を検討していく方針です。 
 今後について小森社長は、「今年ニセコ町に引っ越して来たばかりで、現状としてはまず生産体制をしっかりと整えること。今後は、スキー学校やスキー場とも連携していきたいし、また、地元のクラブも支援していきたいと思っています。」と、地域との関わりを深めていきたい考えです。「日本でスキーを作るなら、ニセコのKOMORI」という日が近いかもしれません。
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