ジョンストン オリバー(オーストラリア)
勤務先:
ニセコ町企画環境課
活動:
翻訳・通訳・観光案内・イベント企画・学校訪問/読み聞かせ
言語:
英語・日本語
ニセコ町企画環境課
活動:
翻訳・通訳・観光案内・イベント企画・学校訪問/読み聞かせ
言語:
英語・日本語
自己紹介
私の故郷はオーストラリア首都のキャンベラですが、シドニーと大阪府にも暮らしたことがあります。また、オーストラリア人でも、日本、北米大陸、ヨーロッパ、南アフリカといった様々な所への旅行や留学のおかげで、国際的な世界観を抱いております。
その世界観の根底には、日本に対する深い関心があります。そのきっかけとなったのは、任天堂を代表するビデオゲーム、『ポケモン』と『ゼルダの伝説』です。また、中学2年生になった際、転学して日本語を勉強し始める機械がありました。日本語学習を契機に日本の芸能、政治、外務、歴史に対しても興味を持ち、高校一年の修学旅行で初めて日本へ参る経験のおかげで、いつか日本に住んで働きたいという決心が固まりました。国際交流員として勤めることによってその希望が奏功され、幸いの極みです。
将来的にはオーストラリアと日本を橋渡す外交官として働きたいと思いますので、ニセコ町に来るのがその道に最適な第一歩だと考えます。ここにいる間、オーストラリアの多様性を中心にしたイベントを通して食文化、歴史、芸能や文学などを紹介していきたいと思っております。このように日本とオーストラリア、また世界の国々の架け橋として活躍し、国際関係を深めるよう頑張って参ります。どうぞよろしくお願いいたします。
その世界観の根底には、日本に対する深い関心があります。そのきっかけとなったのは、任天堂を代表するビデオゲーム、『ポケモン』と『ゼルダの伝説』です。また、中学2年生になった際、転学して日本語を勉強し始める機械がありました。日本語学習を契機に日本の芸能、政治、外務、歴史に対しても興味を持ち、高校一年の修学旅行で初めて日本へ参る経験のおかげで、いつか日本に住んで働きたいという決心が固まりました。国際交流員として勤めることによってその希望が奏功され、幸いの極みです。
将来的にはオーストラリアと日本を橋渡す外交官として働きたいと思いますので、ニセコ町に来るのがその道に最適な第一歩だと考えます。ここにいる間、オーストラリアの多様性を中心にしたイベントを通して食文化、歴史、芸能や文学などを紹介していきたいと思っております。このように日本とオーストラリア、また世界の国々の架け橋として活躍し、国際関係を深めるよう頑張って参ります。どうぞよろしくお願いいたします。
出身紹介
キャンベラが首都のため、オーストラリアの行政機関や国際施設の中枢として知られています。しかし、実際には、比較的小さくて穏やかな町で、典型的な首都ではありません。人口が札幌市の四分の一しか占めていなく、広いあまりに人口密度が低いです。また、山脈に囲まれた「ライムストーン平原」に位置しているのおかげで、自然に恵まれ、野生動物や植物がたくさんいます。そのため、「森の首都」というあだ名が名づけられています。
オーストラリア全国と同じく、キャンベラにおける先住民、いわゆる「アボリジナル民」の歴史が非常に深いです。「Ngunnawal」(ナヌワル)と「Ngambri」(ナㇺブリ)という民族が約2万年間ライムストーン平原で暮らし続けてきました。また、昔には周りの地方の民族が定期的にキャンベラに集まれ、打ち合わせる習慣があったため、先住民の文化には大切な場所です。
植民面から見ると、1820年代に初めてヨーロッパ人が石灰岩平原に住み着いて、百年間ぐらいキャンベラが牧場の地方でした。しかし、オーストラリアの連邦化(1901年)にあたり、どこが首都になるかという件に対して最も古くて大きい都市シドニーとメルボルンが対立して、結局真新しい都市を創設しようと決定しました。温帯の気候とメルボルンとシドニーの間の位置を検討したうえで、ライムストーン平原が首都となる所だと判断しました。世界的な都市設計コンテストが行われた結果、1913年にキャンベラが創設されました。先住民の歴史に結びつけながら、「キャンベラ」という市名がナヌワル語に由来し、「集合場所」を意味しています。
現在のキャンベラがとても過ごしやすい所です。車がないと少し不便ですが、人混みや渋滞があまりありません。都市部の真ん中に人工湖があり、境界には山や国立公園などがあるため、キャンベラ人はウォーキングやハイキングが大好きです。また、流石にオーストラリア人ですので、コーヒーも大好きで、カフェ文化が盛んです。間違いなく、誰でも愛着が持てる場所だと思います。
オーストラリア全国と同じく、キャンベラにおける先住民、いわゆる「アボリジナル民」の歴史が非常に深いです。「Ngunnawal」(ナヌワル)と「Ngambri」(ナㇺブリ)という民族が約2万年間ライムストーン平原で暮らし続けてきました。また、昔には周りの地方の民族が定期的にキャンベラに集まれ、打ち合わせる習慣があったため、先住民の文化には大切な場所です。
植民面から見ると、1820年代に初めてヨーロッパ人が石灰岩平原に住み着いて、百年間ぐらいキャンベラが牧場の地方でした。しかし、オーストラリアの連邦化(1901年)にあたり、どこが首都になるかという件に対して最も古くて大きい都市シドニーとメルボルンが対立して、結局真新しい都市を創設しようと決定しました。温帯の気候とメルボルンとシドニーの間の位置を検討したうえで、ライムストーン平原が首都となる所だと判断しました。世界的な都市設計コンテストが行われた結果、1913年にキャンベラが創設されました。先住民の歴史に結びつけながら、「キャンベラ」という市名がナヌワル語に由来し、「集合場所」を意味しています。
現在のキャンベラがとても過ごしやすい所です。車がないと少し不便ですが、人混みや渋滞があまりありません。都市部の真ん中に人工湖があり、境界には山や国立公園などがあるため、キャンベラ人はウォーキングやハイキングが大好きです。また、流石にオーストラリア人ですので、コーヒーも大好きで、カフェ文化が盛んです。間違いなく、誰でも愛着が持てる場所だと思います。
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このページの情報に関するお問い合わせ先
- ニセコ町役場
- TEL:0136-44-2121
- FAX:0136-44-3500