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ニセコ町100年史・記念誌

平成13年11月、ニセコ町は開基100年を迎えました。

ニセコ町は明治34年11月、真狩村(現在の留寿都村)から分村し、今の元町地区に戸長役場を置いたのがはじまりです。先人たちにより今の西富地区に開拓の鍬がおろされ、過酷な自然状況のもと幾多の困難に立ち向かいながら、ニセコ町は発展してきました。

ニセコ町史の概要

1 ニセコの先史時代

 町内には旧石器時代(※1)と縄文時代(※2)の遺跡が残されています。旧石器時代は氷河期の最終段階であり、北海道周辺の海峡は陸の部分がつながった状態となっていたため、食料を求めて人が移動してきたと考えられます。

 縄文時代になると気候も現在の状態に近づき、これまでの遊動的な生活から定住生活へと生活様式が変化していきます。このころになると、人々は尻別川の丘陵部などで生活していたと思われ、土器や矢じりなど多くの遺跡が残されています。

 先史時代のことは、遺跡から明らかにされています。しかし、アイヌ民族の社会・文化が形成されたとされる中世(鎌倉、室町時代)から江戸時代の後期に至るまでの記録は発見されておらず、その実態は不明のままです。

※1 主に石を素材とした道具を作り、日常的に使い日々の生活を営んでいた1万3千年以上も前の時代
※2 容器として土器を使用し、多彩な文化構造を持っていた1万2千年前から2千3百年前までの時代

 

                  

2 江戸期~明治中期のニセコ

 ニセコ町は、「後志(しりべし)」という地域にありますが、この名前は明治2年(1869)に開拓使が松浦武四郎の案を採用し、付けられました。
松浦は幕末に尻別川の流域を2度にわたり調査しており、この地方の中央を流れるシリベツ川上流のシリベツ山(現在の羊蹄山)を「日本書紀」※の後方羊蹄と考え、この地方の国名を「後志」としました。

 江戸の初期、ニセコ町付近より上流は川の流れが激しく、さけ・ますの漁が困難だったためアイヌの集落はなかったようです。しかし、アイヌはこの流域にさけ・ますの資源が豊富であることを知るようになると、漁期には出稼ぎに来るようになったそうです。

※ 日本書記はわが国最初の勅撰歴史書であり、720年に完成した。北陸地方の国守であった阿倍比羅夫が水軍を率いて蝦夷を征討したとき、2人の蝦夷の意見に従って「後方羊蹄(しりべし)」を行政庁とし、郡の役人を置いたとされる。

3 開拓期

 明治27年、皇室御料林となっていた土地を国有林へ組みかえが行なわれました。このことにより、開拓が可能となりました。明治28年には区画地の設定が行なわれ、開墾のくわが入ることになります。

 ニセコ町では他の地域と異なり、本州の資本家の投資した農場や団体入植者により開拓が進んだという特徴があります。その中で、全国的に有名な農場が「有島農場」です。

 有島農場は、明治32年に有島武(武郎の父)が未開地の賃下げを受け、開墾した農場です。この農場は武郎が明治41年に譲り受けるのですが、大正11年には農場の無償開放を宣言し、農地を無償で小作人に与えました。小作人は、「狩太共生農団利用組合」を組織し、農場施設の一切を共有財産として経営を行ないました。これは、昭和24年の自作農創設特別措置法が施行されるまで続けられることになります。この行為は、当時の社会に大きな反響を与えました。

4 行政

 明治30年ごろ、狩太村(現ニセコ町)は真狩村の未開地とされていたため、戸籍事務をはじめとする用務はすべて真狩村まで出向く必要がありました。

 明治34年頃には、分村を望む住民の動きが活発となり、9月17日に初めての住民大会が開かれました。同年10月16日には、北海道から分村の告示が出され、短時間のうちに分村を認められることになりました。当時の戸数は308戸。戸長役場は、字元町に置かれました。

 その後、人口は順調に増え、明治44年には1,451戸、人口7,446人にまでふくれ上がりました。人口は、昭和37年まで8,000人台を維持してきましたが、若年層の都市への流出、後継者難による離農が増えることにより人口の流出が続きました。現在の人口は、4,600人前後を推移しています。

 また、町名の改正については、昭和11年にも動きがありましたが結果的には不発に終わり、2度目の運動により昭和39年、全国で2番目のカタカナのまち「ニセコ町」が誕生することになりました。

※ ここでは、概要のみを掲載しています。詳細は「ニセコ町百年史」をご覧ください。

町史の販売

 「ニセコ町百年史」は、20年前の開基80年の際に発刊された「ニセコ町史」から大幅に内容を充実させたため、上・下巻セットとなりました。

 町では、この「ニセコ町百年史」の販売をしています。町外にお住まいのみなさんも購入できます。

 
●定価  2,000円
(上・下巻セット、税込)
●購入方法
町民生活課 町民生活係でお求めいただけます。
●郵送の場合
代金(2,000円×購入部数)を郵便小為替にてお送りください。
送る際に購入部数、住所、氏名、電話番号をお書きいただいたものを一緒に送付してください。なお、送付方法は、宅配便着払で発送します。送料のみご負担願います。
●問い合わせ
町民生活課 町民生活係 電話0136-44-2121 までお問い合わせください。

 

ニセコ町開基100年記念誌 

 この記念誌は、「100年目の心」、「100年目の家族」、「100年目の言葉」、「100年目の風景」、「100年目の夢」の5つのテーマにより構成され、みなさんが目でみて、わかりやすいよう多くの写真、図などを使用し、楽しめるよう工夫されています。

 また、まちづくりに貢献した人々(人物編)、心ふれあう暮らしを求めて(暮らし編)、地域の笑顔を支えてきた産業(産業編)、自然と風土に育まれたスポーツ・文化(自然・芸術・文化・スポーツ編)の各分野において、100年という時の流れをわかりやすいように表現し、まとめました。ぜひ、ご一読いただけたら幸いです。記念誌の表紙の写真は、じゃがいもの花を撮ったものです。

ニセコ町開基100年記念誌は売り切れました。
記念誌はニセコ町学習交流センター「あそぶっく」で見ることができます。
ニセコ町史は引き続き販売しております。

 

町の出来事概略

出来事
1895明治28   本町初の移住者、清川孫太、岩上判七ら西富に入地する。
1896明治29 12 松岡善五郎、移民142人を率い入地する。(松岡農場)
1897明治30 5 本町最初の教育施設として近藤農場に簡易教育所できる。
7 虻田村より分村し真狩村(現在の留寿都村)の区域に入る。
1899明治32 7 有島武が婿山本直良の名義で90万坪の貸下をうける。(有島農場)
1900明治33 4 吉川銀之丞、石狩幌向より小作人4戸と共に有島農場に入地する。この頃、松岡農場大半開墾に成功し、遠近の規範農場となる。
9 元町より倶知安まで(13.7km)道路工事着手。
1901明治34   昆布、倶知安間国道工事始まる。
11 真狩村より分村独立、真狩村字真狩別太の狩太をとり狩太村と名付けられ戸長役場を元町に置く。(初代村長村上元治)
12 狩太郵便局開設。(局長、深貝謙太郎) 元町と西富に駅逓できる。
1902明治35 1 村総代人に佐村義介、吉川銀之丞当選。
4 元町に劇場狩太座できる。
10 村医、山崎喜一郎着任。狩太第一尋常小学校(現近藤小学校)開校。生徒60人。尻別川(川北~市街)に渡船できる。人2銭。馬5銭。
1903明治36 4 ルベシベ(宮田)に試作水田約4畝造田される。
5 倶知安第四尋常小学校附属ニセコアン簡易教育所開設。(曽我小学校前身)
7 狩太巡査出張所設置、大村栄太郎着任。
1904明治37   松岡陸三、社地700坪を献じ神社奉斎する。(狩太神社の始め)
5 狩太第二尋常小学校開校。(現宮田小学校)
10 函樽鉄道開通。(現函館本線、函館~小樽間)
1905明治38 3 狩太村巡査駐在所できる。
4 戸長役場を新市街に移す。倶知安第四尋常小学校附属藤山特別教育所開設。(藤山小学校前身)
5 狩太第三尋常小学校開校。(福井小学校)
12 狩太第四小学校新市街に開校。(現農協所在地、今のニセコ小学校)
1906明治39 4 2級町村制実施される。初代村長、西村数省(村議15名)
11 ルベシベ(宮田)青年会できる。(会長、梶藤四郎、青年会の始め)
1907明治40 5 富塚九平、製作所を始める。
8 帝国製麻株式会社狩太工場操業開始。(大正13年工場閉鎖。)
11 曽我青年会できる。昆布より西富、桂台を経て弁辺村会に至る道路開通。
1908明治41 7 羊蹄山、5日間燃える。
10 橋本某、名無川にて水車を始める。
1909明治42 5 消防組できる。
1910明治43 3 ニセコアン(ニセコ、曽我)一帯が倶知安村から狩太村に併合される。
5 元町郵便局ができる。
1911明治44   寿都銀行支店できる。(後の道銀支店)
1913大正2   大凶作
1914大正3 4 有島武郎、佐村農場を買い取り第二有島農場となる。
7 旧市街で草競馬開催。
1915大正4 4 狩太商工会創立。
6 忠魂碑建立除幕式。
1917大正6   守屋商店付近に劇場旭座できる。(昭和4年1月焼失) 近藤農場で鉄鉱採掘然別に移出する。(2年間操業)
1918大正7   狩太、留寿都間に乗合馬車。
3 市街地に電話開通する。
1920大正9 3 狩太村青年団できる。(16支部)
1921大正10 7 王子製紙工業株式会社尻別第一発電所完成。
1922大正11 6 有島寄付の2町歩をグラウンドにする。(現ニセコ小学校グラウンド)
7 有島武郎、小作人を集会所に集め、450町歩の「農場解放宣言」を行う。
9 宮田ルベシベ処女会結成。(女子青年団活動の始め)
1923大正12   この年から豊里、元町、有島で酪農がはじまる。
1924大正13 8 有島農場解放記念碑建立。
1925大正14 4 弁辺村(現豊浦町)から中昆布、柳の沢、桂の沢一帯を分割、狩太村に合併される。狩太、留寿都間5人乗自動車はしる。北富士自動車会社の前身。(昭和18年道南バスに吸収)
1926大正15 11 第二王子発電所完成。
1927昭和2 2 私立王子第二小学校開校。(昭和16年公立王子小学校となる)
1928昭和3 3 秩父宮殿下ニセコに御来遊。
11 狩太信用購買販売利用組合創立。(昭和19年1月1日命により解散)
1929昭和4 11 北海道製酪販売連合会狩太工場設立。(雪印乳業株式会社狩太工場の前身)
1931昭和6   大凶作
12 狩太村立病院開設。
1933昭和8 8 村の紋章告示。
9 狩太商業組合創立。(昭和34年1月27日解散)
1934昭和9 1 狩太尋常高等小学校全焼する。
1936昭和11 9 秩父宮殿下御来遊。
1937昭和12 4 字地番改正。狩太、真狩間植民軌道運転開始。(昭和25年8月運行中止、28年廃止)
1939昭和14 12 後志生産連狩太孵卵場できる。(昭和40年6月廃止)
1940昭和15   ニセコで今井鉱山鉄鉱の採掘開始。(終戦とともに閉鎖)
11 北海道電力株式会社比羅夫発電所創業。
1941昭和16 9 株式会社後志澱粉工業所設立。
1943昭和18   狩太、留寿都間道南バス運行される。
11 農村電灯設備を初めて西山部落に施設する。
1944昭和19 5 狩太製材工場できる。
10 狩太土管製作所創業。
1946昭和21 5 特別指導村から普通村に昇格する。
12 農地改革始まる。
1947昭和22 4 桂小学校廃校。
5 学制改革により狩太、近藤、福井、桂の各中学校開校。
1948昭和23 3 狩太農業協同組合設立認可。狩太農業共済組合設立。
8 狩太村開拓農業協同組合設立。(昭和45年12月解散)
10 狩太高等学校開校。(倶知安農業高等学校狩太分校として)
1949昭和24 3 高松宮、三笠宮両殿下ニセコに御来遊。
1950昭和25 4 後志信用金庫狩太支店できる。
5 羊蹄山が国立公園に指定される。(支笏洞爺国立公園)
8 「ニセコ」が道立公園に指定される。
9 町制施行される。(初代町長、鈴木五十治) 開村50周年記念式典を併せて行う。
1951昭和26 7 狩太、倶知安間道南バス運行。
9 東大、駒井和愛博士一行、滝台、北栄のストーンサークルを発掘調査する。
1954昭和29 7 拓銀狩太支店が道銀支店と名称変わる。(昭和43年11月閉鎖)
8 天皇、皇后両陛下御来町。(奉迎場狩太小学校校庭、観光ホテルに御二泊)
1955昭和30 2 狩太有線放送開始。
1956昭和31 5 雪印乳業株式会社狩太工場落成。(昭和51年3月閉鎖)
1957昭和32 5 有島農場管理事務所焼失する。
7 狩太町体育協会できる。
1958昭和33 11 ニセコ昆布温泉、ニセコ五色温泉郷国民保養温泉地に指定される。
1959昭和34 7 狩太町公認グラウンド完成。(1周300m)
1960昭和35 10 国保町立病院新築。(昭和41年3月廃止)
11 市街地に簡易水道施設布設。狩太町史刊行。
1961昭和36 3 王子小学校、狩太小学校に吸収統合。
1963昭和38 7 ニセコ山系、ニセコ積丹小樽海岸国定公園に指定される。
1964昭和39 8 公民館完成。
10 「狩太町」を「ニセコ町」に町名改称する。
1966昭和41 7 町民体育館完成。
12 太平洋クラブニセコモイワ国際スキー場開設。
  有線放送電話施設開設、通話開始。
1967昭和42 4 町内中学校統合。(近藤、福井、ニセコ各中学校)
6 役場新庁舎完成。
7 開基70周年記念式典挙行。
1968昭和43 3 曽我小学校、ニセコ小学校に吸収統合。
4 駅名、「狩太駅」を「ニセコ駅」に改名する。
5 町章制定。
1969昭和44 8 統合ニセコ中学校校舎完成。(3ヶ年計画)
1971昭和46 3 過疎地域市町村に指定される。
1972昭和47 2 ニセコ町振興公社設立。(昭和48年7月ニセコ町土地開発公社となる。)
8 国民保養センター芙蓉荘完成。
9 町営牧野造成完成。
10 町立保育所完成。
11 ニセコアンヌプリ国際スキー場開設。
1973昭和48 11 「町民憲章」及び「ニセコ町の歌」制定。
1974昭和49 9 ニセコ町民センター完成。
1976昭和51 3 ニセコ、蘭越町学校組合解散。(桂中学校廃校)
9 新消防庁舎完成。
1978昭和53 2 新 有島記念館完成。
8 ニセコ町、マキノ町姉妹都市提携を結ぶ。
10 農村情報連絡施設同報無線開局。
1979昭和54 4 町木「しらかば」と決まる。
1980昭和55 2 ニセコ町総合体育館完成。
11 全天候型テニスコート(2面)完成。
1981昭和56 2 藤山小学校、ニセコ小学校に吸収統合。
10 開基80周年記念式典、総合体育館落成式挙行。
11 「ニセコいこいの村」オープン。
1982昭和57 3 ニセコ町史発刊。ニセコ町新総合計画策定。
12 東山スキー場、東山プリンスホテルオープン。ニセコ小学校新校舎完成。
1983昭和58 6 土づくり10年計画開始。
1984昭和59 2 ポテト共和国独立宣言。
11 町立ニセコ幼稚園完成。
1985昭和60 3 信州新町と姉妹都市提携を結ぶ。
7 マキノ、ニセコ駅姉妹駅提携を結ぶ。
11 ニセコ小学校開校80周年記念式典。
12 特別養護老人ホーム「ニセコハイツ」完成。
1987昭和62 11 有島記念公園・サフォーク牧場完成。
1988昭和63 2 アンヌプリ地区地熱開発事業により温泉湧出。
12 スキー列車「ニセコエクスプレス」運行開始。
1989平成元 6 ニセコ町集約牧草地(字黒川)開設。有島カルチャーセンターオープン。
10 町名改正25周年、町制施行40周年記念式典開催。
1990平成2 1 平成元年度優良町村表彰受賞。
3 福井小学校閉校。
5 SL C62ニセコ号、小樽ニセコ間運行。(平成7年運行中止)
8 ニセコ町運動公園野球場オープン。「ニセコ赤坂奴」町無形民族文化財に指定される。
11 宮田小学校新校舎完成。
1991平成3 10 ニセコ町開基90周年記念式典挙行。町の花にラベンダー、鳥にアカゲラ制定される。
12 ニセコ高校新校舎完成。ニセコヘリポート完成。
1992平成4 12 オフトーク通信運用開始。近藤小学校新校舎完成。
1994平成6 9 ニセコ町運動公園完成。
11 ニセコ大橋完成。
12 望羊団地(8棟72戸)完成。
1995平成7 3 有島アートギャラリー完成。
4 マイウェイアワロード事業着工
8 市街地区下水道着工。
10 中央地区地熱開発事業再調査により温泉湧出。
12 曽我森林公園完成。
1996平成8 1 曽我地区簡易水道完成。
4 ニセコ綺羅街道街並み整備事業着工。
12 のぞみ団地(2棟20戸)完成。
1997平成9 3 ディサービスセンター在宅介護支援センター完成。
3 ニセコ医院新築工事完成。
5 道の駅「ニセコビュープラザ」オープン。
8 市街地区下水道処理施設着工。
11 地方自治法施行50周年記念自治大臣表彰受賞
1998平成10 2 綺羅団地(2棟20戸)完成。
2 毎日新聞地方自治大賞奨励賞受賞。
1999平成11 4 ニセコ町情報公開条例及びニセコ町個人情報保護条例施行。
2000平成12 10 市街地区下水道供用開始。
2001平成13 4 ニセコ町まちづくり基本条例施行。
6 綺羅の湯完成。
10 ニセコ町開基100年記念式典。
2002平成14 2 道道岩内洞爺線拡幅工事完了。
4 町内循環バス「ふれあいシャトル」運行開始。
6 ニセコ花フェスタ綺羅街道開催。
9 近藤小学校開校100周年記念式典。
10 ゴミ有料化開始。
12 一般廃棄物最終処分場完成。
12 堆肥センター完成。
2003平成15 4 学習交流センター「あそぶっく」オープン。
9 倶知安町・ニセコ町合併協議会設置。
11 宮田小学校開校100周年記念式典。
2004平成16 6 福井地区簡易水道利用開始。
9 西富地区で下水道(農業集落排水施設)が利用可能となる。
10 ニセコ町景観条例施行
12 字曽我・ニセコ・東山地区で光ファイバーによる高速通信サービス開始。
2005平成17 10 ニセコ小学校開校100周年記念式典。
12 蘭越町・ニセコ町・真狩村・喜茂別町・倶知安町合併協議会解散。
2006平成18 2 ニセコ町出身、吉岡大輔選手がトリノオリンピック・スキーアルペン競技に出場。
3 宮田小学校閉校。
2007平成19 ニセコ町幼児センター「きらっと」オープン。 
2008平成20 5 町内循環バス「ふれあいシャトル」自転車車外積載運行開始(全国初)
7 北海道洞爺湖サミット開催。
10 字富士見・本通・中央通・元町・有島・近藤・里見・富川・豊里・羊蹄で光ファイバーによる高速通信サービス開始。
2009平成21 3 アンヌプリ山麓に準都市計画区域が指定される。
8 新・学校給食センター運用開始。
2010平成22 5 ニセコ町の新しいロゴマーク完成。
6 ようてい地域消費生活相談窓口がニセコ町役場に設置。
2011平成23 2 字近藤・羊蹄・里見・宮田・富川・黒川・福井・西富・桂台で光ファイバーによる高速通信サービス開始。
4 黒松内町、蘭越町、ニセコ町、真狩村、留寿都村、喜茂別町、京極町、倶知安町による「ニセコ周辺地域産業活性化基本計画」が国の同意を得る。
5 ニセコ町地下水保全条例及びニセコ町水道水源保護条例施行。
2012平成24 1 北海道インターナショナルスクール・ニセコ校開校。
3 FMコミュニティラジオ局「ラジオニセコ」開局。
4 ニセコ町民センターリニューアルオープン。
10 ニセコ町デマンドバス「にこっとBUS」運転開始。
2013平成25 1 北海道日本ハムファイターズ吉川選手と植村選手が1年間ニセコ町の応援大使となる。
5

北海道日本ハムファイターズと3年間のまちづくりパートナーシップ協定を締結。
町税、上下水道のコンビニ収納開始。

6

ニセコTMRセンターが完成。
ニセコ町五色温泉インフォメーションセンターがオープン。 

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